育て方~教育論~
FF2というやつはきっとRPGにおける「育て」要素について非常に前向きに検討した作品だったのだと思う。ドラクエモンスターズシリーズやポケモンのような「育て」要素をストーリー以上に全面に押し出すタイトルも後年出てきますが、何かを成長させる楽しみというのはそれ単体でも十分に魅力的なことなのでしょう。それが一連のストーリーの中である役割を持ったキャラクターを対象としたものであれば、なおさら育てがいがあるというものです。ドラクエにしろFFにしろ、世界を救っちゃうような若者を自分の手で育てるのですから、プレイヤーへのプレッシャーはそれはもう多大なものです。
ただし、「育て」要素に力を注げば注ぐほど、ゲームのキャラクターは客体化が進行してしまうというデメリットもあるかと思います。本来RPGは読んで字のごとく、役割を演じるゲームですから、ストーリーラインにそって自ら主人公キャラになりきってプレイするものなのです。つまり、敵の攻撃を受けたら自分も血を流さないといけないのです。しかし、「育て」ゲーにおいては、例え主人公であろうとも、自分の教育方針に従う一生徒です。自分は先生の視点に立って、生徒たちを強大なモンスターの元に送り込まなければなりません。必然的に主人公キャラとプレイヤーの乖離が進み、一体感は失われます。カオスを倒したのは自分ではなく、教え子ですので、「よくやったな」と誉められる側から誉める側に回らなければならないのです。ポケモンやドラクエモンスターズにおけるサトシ君やテリーはその点、マスターという位置づけで見事にプレーヤーとシンクロできてますね。ただし、やはりバトルシーンにおいては、自分が戦っている感じはしないですね。
その点を踏まえてFF2はプレイしなきゃならないような、そんな熟練度システムというものがあるらしいのですよ。