« ガーランドさんが締めた | メイン | 我が身の不幸 »

FF1考

FinalFantasy1って何だったんだろうか。ソウル・オブ・カオスに挑む前にちょっと立ち止まってみた。そもそも、このタイトルの由来はWikipedia先生によると当時のスクウェアが社運をかけて最後の夢を託す思いで作ったから「ファイナル」ファンタジーになったのだそうだ。そんな楽屋オチに納得してしまうのもどうかと思うので、例によって自分内解釈を行うと、カオスの作り出した輪廻によるこれまでの日常を離れた世界が「幻想(ファンタジー)」なのであって、ナイト・エフエフらがそれに終止符を打ったことで「ファイナル」になった、ということになった。なかなかきれいな解釈だと思うのですが、いかがでしょうか。続編以降がこのタイトルに沿った内容になっているかは、またおいおい検証することにしましょう。ドラゴンクエストだっていつまでもドラゴンをおっかけているわけじゃないし、タイトルっていうかブランドなんですよね。続きが出たら買っちゃうのが消費者です。だから、タイトルが「タイトル」のままであるのはシリーズ一作目だけなんですよね。(きっと)で、自分的にはこのタイトルは中々よいと思いました。海外に渡ってドラゴンウォーリアーみたいな展開をされたら形無しですから。(ドラクエの名称変更は版権の問題だったっけか?)略すと頭文字の「F」が二つ並んでいるのも好きです。ミッキーマウスとかミニーマウスとかドナルドダックとか、そんな言葉遊びチックな感じが漂ってます。

いろんな話を聞いてまわったところ、FF1はファミコン版ではやたら難易度の高い悲しいゲームだったらしい。しかし、リメイクを重ねたGBA版では、気軽にプレイできる程度に難易度が下がり、ユーザインターフェイスも相当向上しているらしい。初心者の私にはありがたい話であった。おかげでFF1でシリーズ全体を攻略するという野望を断念せずに済みました。

戦闘が単調に感じることは多々ありましたが、魅力的なオモシロキャラがストーリーを引っ張ってくれたこともあって、退屈せずに遊べました。自分的にオススメキャラは、やはりガーランド氏でしょうか。マトーヤさんも捨てがたいですが、ガーランドの一粒で二度おいしいグリコな設定が自分のツボでした。コーネリアの大臣についても自分の中で異様な盛り上がりをみせていました。踊り子とセットでお願いします。ベッドに引きこもりな鍵っ子・エルフの王子とか、思春期な船乗り・ビッケとか、自惚れ・ウネとか、振り返るとなかなか密度の濃いゲームだったと思います。すごいね、FF1。


噂のPS版の3D映像を発見したので張っておいてみます。著作権アウトなコンテンツなので、いつか消えるのだと思います。YouTubeも健全な媒体になろうとしてますから、こんなとこに張っても後で消す手間がかかるだけかもなぁ、と思いつつ。クリスタルとか背景とかすごいきれいですね。PlayStation5あたりでこんな全編フル3DCGのリメイク版FF1が出ますかね。出ないですよね。勇者の表情が固いのと、モーションがぎこちないのは、CG開発環境がまだ潤沢でなかったせいなんでしょうかね。っていうか、勇者4人組のはずが1人でドラゴンに立ち向かってるし。これ本当にFF1なんだろうか。どっちかっていうとDQ1じゃなかろうか。FF先輩に後で確認してみよう。

========
とにもかくにもFF1を総括しますと「セーラ姫の奪い合い」ということでいいでしょうか。罪な女だね、まったく。一人の女を巡って、カオスまで巻き込んだ男(ナイト・エフエフ)と男(ナイト・ガーランド)の闘いでした。どんだけ美女なんだって話ですよ。なんせガーランドの心がカオスを呼ぶほど歪んじゃったんですから。セーラ姫どれだけ好きなんだよ。セーラ姫の気持ちがナイト・エフエフに向かっているのを見て、ひどい嫉妬にかられちゃったんだね、ガーランドは。それで誘拐。追っ手のナイト・エフエフと決闘して負ける。くやしくてカオスを呼び寄せてしまう。まさしく影の主人公・ガーランド。世界中の人にとっては単なるいい迷惑です。
おかげさまで、ガーランド嫉妬事件(FF1)の前後でセーラ姫の気持ちはなおさらナイト・エフエフに向かいましたよ。FF2にそこら辺引き継がれたりしないのかなぁ、とか思いつつ「ソウル・オブ・カオス」を終わらせてしまいましょう。

・・・と思ってたら、事件が起こりました。(以下、次号)

このブログについて

検索

About

2007年3月16日 17:05に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ガーランドさんが締めた」です。

次の投稿は「我が身の不幸」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。