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未だファイナルファンタジーを知らず

私は根っからのドラクエ派である。

回復呪文といえば「ホイミ」であり、「スライム」とともに成長してきたのだ。これは「ドラゴンボール」を主軸とした頃のジャンプ黄金期と少年時代が重なっていることに大きく起因している。当時のジャンプの看板である「鳥山明」先生は、私を含めたクラスメート、いや、学校中の男子の憧れの存在であったことは否定できまい。そんな鳥山明大先生がゲームのキャラクターのイラストを描いていらっしゃるというのだから、興味が湧かないわけがなかった。そのゲームの名前は「ドラゴンクエスト」と言った。

現在、国産RPGの二大タイトルといえば、その「ドラゴンクエスト」と「ファイナルファンタジー」のことであるが、「ファイナルファンタジー」なんて私の中では何の輝きも無い石ころに過ぎなかった。「ファイナルファンタジー」自体持っている友達がほとんどいなかったし、当時の級友O君の家で見せてもらった「ファイナルファンタジー」の画面には、ドラクエのような魅力的なキャラクターがいるようには感じられなかった。それ以前にO君の発した一言が私の中の「ファイナルファンタジー」観を既に決定付けていたのかもしれない。

「このゲーム意味わかんねー。」

O君は自分の所有するゲームタイトルをボロクソに非難し、その日彼の家に集合していた友達にこのクソゲーには気をつけろと警告を発したのだった。何がイケていないのか、まだ小学生だった彼の口から正確な言及を得ることはできなかったが、セーブデータが一つまでに限定されていることに兄のいたO君はとても憤慨しているように思えた。おそらく兄がゲームをクリアするまでの間、傍観を余儀なくされたのではあるまいか。また、セーブデータが頻繁に消えるという当時の「バッテリーバックアップ」システムを採用したことにも納得がいかないようだった。ドラゴンクエストが常識だった私たちの間ではまだ「ぼうけんの書」という名のバッテリーバックアップにはなじみがなく、「ふっかつの呪文」を必至に書き写すのが通常のセーブ作業だったのだ。セーブ作業を単純化するはずだったバッテリーバックアップは、逆にゲームの進行状況を突然死させるおそれを孕んだ「諸刃の剣」でもあったのだった。これはドラゴンクエスト3の発売とともにさらに議論を呼ぶことになるのだが、本筋に関係ないので割愛しよう。

かくして、「ファイナルファンタジーに気をつけろ」という友の忠告を受けた私は、律儀にもファイナルファンタジーに浮気することなくドラゴンクエスト道を邁進し続けるのであった。次第にファイナルファンタジーはその評価をあげていき、ドラゴンクエストと並んで二大国産RPGとまで呼ばれるようになり、海外でのセールスは圧倒的にドラクエを凌駕することになるが、それでも呑気にドラクエばかりをやり込み、ゲーマーを気取っていたのであった。

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2006年9月11日 11:17に投稿されたエントリーのページです。

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